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東京高等裁判所 平成3年(ネ)553号 判決 1992年2月10日

控訴人

株式会社パスカルヒルこと

野沢央雄

右訴訟代理人弁護士

桒原康雄

被控訴人

コンパック株式会社

右代表者代表取締役

柴田晋吾

右訴訟代理人弁護士

藤森茂一

主文

原判決を取り消す。

本件を千葉地方裁判所松戸支部に差戻す。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。本件を千葉地方裁判所松戸支部に差し戻す。」との判決を求め、被控訴人代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

(控訴人の訴訟手続の法律違反に関する主張)

控訴人は、昭和六〇年頃、膠原病に罹患し、平成二年九月頃から体調をくずしていたため、同年一〇月中旬頃から伊豆、沖縄で転地療養の生活を送っていたところ、その間に本件訴訟が提起され、同年一二月五日本件訴状副本、答弁書催告状及び口頭弁論期日呼出状等が書留郵便に付して送達され、同月一一日に第一回口頭弁論が開かれ、同月一八日原判決(いわゆる欠席判決)が言い渡された。控訴人は、同三年一月中旬頃右転地療養を終えて帰宅したが、その際初めて本件訴訟が提起されて原判決がなされていることを知った。

控訴人は、右のような事情により第一審の弁論期日に出頭する機会を奪われたのであるから、本件は原審に差戻されるべきである。

理由

一原判決に至るまでの送達手続及び訴訟経過

原審記録によれば、原判決に至るまでの送達手続及び訴訟経過として次の事実が認められる。

平成二年一〇月四日、被控訴人は控訴人を被告として原裁判所に本件売買代金請求訴訟を提起したところ、同月一八日、原裁判所は、第一回口頭弁論期日を同年一一月二七日午前一〇時と定め、同年一〇月一九日、訴状記載の「柏市あけぼの一―八―二〇、株式会社パスカルヒルこと野沢央雄」を宛先として訴状副本、答弁書催告状及び右指定に係る第一回口頭弁論期日呼出状の特別送達を試みたが、同年一一月一日、柏郵便局から、控訴人不在で配達できないため同局に留置したが留置期間も経過したことを理由に右郵便物は返送された。そこで、原裁判所は、更に、同年一一月九日、同様の宛先に対して右書類の特別送達を休日速達により試みたが、これも柏郵便局から控訴人不在、留置期間経過を理由として同月二四日に返送されてきたので(本件記録上、右郵便物が返送された後、原裁判所が不送達になったことを被控訴人に連絡して、不送達の理由の確認、住居所・就業場所の調査をするよう促したことを示す記録はない。)、同月二六日、第一回口頭弁論期日を同年一二月一一日午前一〇時と変更した上、同年一二月五日午後四時、右宛先に対して訴状副本、答弁書催告状及び右期日指定変更に係る第一回口頭弁論期日呼出状を松戸郵便局の書留郵便に付して送達した。原裁判所は同年一二月一一日の第一回口頭弁論期日に控訴人が出頭しなかったので、出頭した被控訴代理人に訴状を陳述させ、同代理人からの「代金支払いは、売渡日に即時一括支払の約定であった。」との弁論を経て弁論を終結し、同年一二月一八日午後一時に原判決が言渡された。

なお、同年一二月五日に書留郵便によって発送された右書類も柏郵便局から控訴人不在、留置期間経過の理由で同月一九日に返送され、また、原裁判所が同年一二月二一日に特別送達により発送した判決正本も同様に同三年一月七日に返送された。

二ところで、民事訴訟法一七二条の書留郵便に付する送達(いわゆる「付郵便送達」)は、住所、居所、営業所または事務所において、通常の交付送達はもとより、補充送達、差置送達もできなかった場合であって、かつ、就業場所が判明していない場合か、就業場所が判明していてもその就業場所における送達も不奏功となった場合に限り実施することができるのであるが、書留郵便に付する送達は、受送達者に到達したか否かを問わず、その発送時に送達の効果が擬制されるものであるから、送達不能及び就業場所が判明しないこと等の認定は送達書類の種別に応じて慎重を期すべく、その認定は相応の資料に基づいてなされなくてはならないし、また、その認定根拠は記録上明確にしておく必要があるというべきである。

本件において、原裁判所は、控訴人肩書宛ての訴状副本、第一回口頭弁論期日呼出状の一回目の特別送達が受取人不在を理由に不奏功となった後、更に、控訴人肩書地宛てに右書類の二回目の特別送達を休日速達により試み、これも受取人不在を理由に不奏功となったため、右書類を書留郵便に付して送達しているわけであるが、前認定の事実関係からすると、原裁判所の担当書記官が二回にわたる特別送達をいずれも送達不能と認定したのは郵便局から返送されてきた各郵便物の付箋表記によったことが明らかである。しかし、右送達に係る送達書類の訴訟手続上の重要性からすると、原裁判所の担当書記官としては、少なくとも、右各郵便物が返送されてきたいずれかの機会に被控訴人に不送達になったことを連絡して、郵便局が控訴人を「不在」としたことの裏付け調査を促すべきであるし(郵便物が「不在」を理由として返送されてきていても、当該名宛人は転居している場合もないわではない。)、また本件記録によれば、被控訴人の訴状請求原因には「控訴人は会社ではないが株式会社パスカルヒルの名称を使用している。」との記載があり、また、訴状に控訴人の表示として「株式会社パスカルヒルこと野沢央雄」と記載されているところからすると、右担当書記官は、控訴人は自営業者で就業場所がないと判断したのではないかと推測されなくもないが、いずれにしても、被控訴人に就業場所に関する調査をも促し、右各調査結果を報告書等によって提出するよう求めて記録上もこの点を明確にしておく必要があるというべきである。

したがって、原裁判所が右のような処置を講ずることなく書留郵便に付する送達を実施したのは違法な手続であったといわざるを得ない。

三以上によれば、本件については、未だ適法な訴状の送達がなされていないことになるから、この点を看過してなされた原判決は相当でなく、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して、本件を原裁判所に差戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官丹宗朝子 裁判官松津節子 裁判官原敏雄)

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